ロックバンドSADS

SADSメンバーまとめ!以外すぎる経緯と清春の熱い思いがあった。

SADS 清春

 

黒夢からSADSへの経緯

YOSHIKIのインディーズレーベルを断る

GARNETに所属していた清春、人時、鋭葵の三人とGERACEEに所属していた臣で1991年に結成されたバンド『黒夢』。

臣が清春に「俺がギターを弾いて、お前が歌えば日本制覇も夢じゃない、早く今のバンドを解散しろ」と、誘い、それに清春が応えたことで結成されたバンドだ。結成翌年の6月にドラムの鋭葵が脱退し、約1年後、HIROが加入するも3ヶ月で脱退。

同年、X JAPAN YOSHIKIのインディーズレーベル『EXSTASY RECODS』から誘いを受け、その話を受けたが同週に、ソニーと東芝からメジャデビューの話がきた為、『EXSTASY RECODS』からの誘いを断った。翌年1994年の2月、東芝からメジャーデビューをした。

そのちょうど一年後の95年2月。アルバム収録中にも関わらず、黒夢の発端である臣が失踪し、そのまま脱退した。メンバーが2人になったが、メンバー補充はせずに活動を継続し、『音楽ユニット』と紹介されることが増えた。が、「何人だろうと、俺たちはバンドです」と言い続けた。

SADS結成へ

95年には、日本ゴールドディスク大賞ベスト5アーティスト賞を受賞し、サードアルバムの『feminism』はオリコン初登場1位を飾った。96年には、『ピストル』がMTV Video Music Awards視聴者賞の日本部門を受賞した。

97-98年にはライブを約230本行ない、結果としては順風満帆のトップバンドと思われたが、メジャーデビュー以降、人時が結婚を機に「家庭を優先したい」と言い始め若干の確執があった。メディアへの出演も家庭優先、とキャンセルした事により確執は悪化し、黒夢は解散に至った。

黒夢の解散が決まり、ボーカルの清春は「バンドをやろう」と思い、SADSの結成に至る。坂下たけとも(SADSの初期ギタリスト)は黒夢の最後のツアーで一緒に回っていたこともあり、「黒夢終わっちゃうんだけど、一緒にやらない?」と声をかけた、とSADS結成時のインタビューで清春は語った。

 

 

現在のメンバー

2018年に無期限の活動休止を発表したSADS。初期メンバーからメンバーの入れ替えわりもあったが、現在のメンバーは一体どんなメンツなのか?

清春(ボーカル)を始め、K-A-Z(ギター)、YUTARO(ベース)、GO

(ドラム)の4人で構成されている。

ちなみに旧メンバーは、坂下たけとも(ギター)、小林勝(べース)、田沼徹浩(ベース)、牟田昌広(ドラム)、満園英二(ドラム)、クボタケイスケ(ベース)などの顔ぶれである。

 

元メンバー脱退クビが続出!?

清春と他メンバーの不仲説

1999年に結成し、4年後の2003年に一度解散したSADS。2010年に活動を再開するも、メンバーは一変、併せて音楽性もかなり変わった。その原因は一体なんだったのか?ファンや、業界でかなり濃厚な説が浮上していた。それが、「清春と他メンバーの不仲説」である。

初代SADSはかなりメンバーの仲が悪かったようで、脱退やクビが相次いだと言われている。2003年の活動休止当時は、清春が楽器隊の下手さに呆れて休止したなどとも言われていたが、2016年のインタビューで実際問題は坂下たけともとの間に大きな確執があった、と清春が語っている。

当時、もう復活はないと思っていたファンが大半だが、活動休止から7年後の2010年、活動再開を発表した。

 

クボタを公開処刑

しかし、初期メンバーの名前はなく、ギターにK-A-Z、ベースにクボタケイスケ、ドラムにGOという編成。

K-A-ZとGOはロック界では超実力派として知られ、演奏テクニックやセンスは抜群。前回のSADSの失敗もあって最高のメンバーを選んだのだろう。クボタはロック畑の演者ではないが、清春のソロで長年サポートを務めており、そこから実力を認められバンドの正式メンバーに昇格したというもの。

この4人ならば万全!と、思われたが、活動開始1年で清春はクボタの実力に不満を感じていた。インタビューでも、その思いの丈は明かされており、ファンからクボタ擁護の声が飛び交うも「甘やかすな」と、ストイックな面を見せていた。

2015年にリリースされた新曲「May I Stay」のMVではクボタのアップシーンだけなかった。それでも翌年5月にはAbemaTVに4人で出演した。だがここで清春は「SADSは清春、K-A-Z、GOで構成されてるんですけど、一応クボタくんも呼んでみました」とクボタを公開処刑。クビにした。

 

休止に至るまで

清春の熱い思い

2003年の活動休止はメンバーの不仲が要因とされているが、活動再開した2010年。そして2018年には、再度、活動休止が発表された。その真意は一体なんだったのか?また不仲なのか?清春は当時、このように語っていた。

解散を発表し、SADSラストのツアーも終盤に差し掛かった10月上旬。活動休止には暗いイメージが伴いがちだが、そういったものは一切ないと言う。

「活動休止に大して大きな意味を持たせたくないのか?」という記者からの質問に対しても、「興味がない」と、言い切った。

「“よし、活動休止しちゃうぞ”っていう気持ちもないし、“もっとやろうぜ”っていう気もない。50歳になるこのタイミングでちょうどいいのかなって。再始動してから7年っていうのも、ちょうどいい。活動休止の理由ってバンドの内情とか集客がどうとか、だいたいそういうことじゃないですか。

メンバー間の仲悪いとか、いまいちビジネス的にやっていけないとかね。SADSの場合はグッズも売れてますし、そういうのではないです。バンド内のことや外に向けてのSADSのイメージとかよりも、自分の人生のタイム感のほうが大事」と、当時の清春は語ったのだった。

 

 

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