ロックバンドSADS

SADS 清春の意外な素顔

SADS メンバー

清春デビュー前の経歴

下宿から工場務め

1968年、3人兄弟の長男として、岐阜県多治見市で生まれた。幼少の頃は父親に対する恐怖心があり、何らかのことを相談する際は、母親ばかりがその相手であったという。岐阜県多治見工業高校に入学した。

この学校に入った理由は、長髪が認められていたからだと言う。在学中にTHE WILLARのコピーバンドに加入。高校2年の時に初めてステージに立つ。

同校のデザイン科を卒業し、父親が経営する建築板金工場 (森建築板金) を継ぐ為の修行として、父親の知り合いの階段の手すりを作る工場へ就職した。

下宿からその工場へ通い、8時から18時まで、週休1日の仕事を続けながら活動をしていた。その仕事は2年間続けた後退職し、森建築板金へと戻るがバンド活動に専念する為に1年程で退職した。

 

清春は母親思いだった

父への恐怖心

幼少の頃、父親に対する恐怖心があったことから、相談事は母親にしていた清春。だが、その母親に対する思いなどは語られていない。

が、幼少の頃の背景から、母親を大事にしているであろうことは容易に想像ができる。

清春は1998年には結婚し、娘も2人いる。母親への負の気持ちがあれば、結婚もしないだろうし、子供も欲しいと思わないだろう。

まさかのバンドマン

2人子供がいることから、望んでのことと思われる。雑誌やメディアの取材では、かなり子煩悩な発言が多く見られ、家庭を大事にしていることがわかる。

その娘さんですが、バンド活動をしているとの噂も浮上。

清春は以前、「娘がバンドマンの彼氏を連れて来たら全力で潰します」と公言していた。

娘を大事に思う、普通のお父さんの顔を持ち合わせていることが見受けられることからも、母親との関係が良好だったからこそだと考えられる。

 

 

清春結婚している?

結婚相手は?

先ほどもお伝えした通り、清春は1998年に結婚し、2人の娘がいる。

結婚相手は??と、誰もが疑問に思ったであろう。またヴィジュアル系バンドという見た目からもかなり破天荒な家庭が想像されがちだが、ロックな見た目とは相反して、幸せな家庭を築いているようだ。

清春の嫁は、当時同棲をしていた一般人女性で、「過去に高級クラブのホステスをしていた」「見た目が少しヤンキーっぽい」「熊本県の人吉市出身」などという噂がある。

いずれも噂の域だが、人吉市の居酒屋「月のあかり」には、清春の嫁が里帰りする際にでも寄ったのか、清春のサイン色紙が飾られているそうだ。

一般人であるためか、出回っている情報がほとんどない清春の嫁だが、現在、専業主婦をして清春を支えているそうだ。

 

SADSライブでは想像できない超子煩悩に草生えた

二人の娘

清春には娘さんが二人おり、長女が「憂希(ゆうき)さん」、次女が「紫音(しおん)さん」と言う。

キラキラネームではないが、詩っぽい名前だ。現在は二人とも成人しているので、手も離れているが、清春は、実は超・子煩悩なパパである。

清春、まじで半端じゃない子煩悩

2人が幼かったころは、習い事の送り迎えをしたり、学校行事にもマメに参加したりと、ロックミュージシャンとは真逆の良きパパぶりだったとか。

しかも、娘さんが私立の学校に通っていたため、清春が学校に行くときは、髪を黒く染めたり、タトゥーを隠したりと、かなり気を使ったそう。

娘たちのヒーローでありたい。

さらに、娘さんがAKB48の元メンバー、高橋みなみさんの大ファンだった時は、娘さんのためにわざわざ高橋さんのところへ行ってサインをもらってきたこともあるらしい。笑

そんな清春は優しいのはもちろんですが、「娘たちのヒーローでありたい」と思っていて、ライブに娘さんたちをたびたび招待してはカッコイイところを見せていたそうだ。

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